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【我が道 中畑清(19)】運命のケガがもたらした日本一

2021年02月01日 12:00

スポニチスクエア

 1981年(昭56)5月、左肩の脱臼で戦列を離れている間に原辰徳が三塁、篠塚利夫が二塁に定着。私は入団同期で仲が良かった山本功児さんを外野に押し出す形で一塁を守ることになった。  5月22日のヤクルト戦(神宮)に代打で出て、そのままぶっつけ本番で一塁守備に就いた時は、捕球する時の姿勢から何からひどかったなあ。それでも27日の大洋戦(後楽園)からスタメンで出るようになった。  ラッキーなことに…


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