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【我が道 山口高志(12)】キューバ連戦中に阪急1位指名

2021年09月01日 12:00

スポニチスクエア

 松下電器2年目の1974年(昭49)3月、幕開けとなる東京スポニチ大会では2回戦で日本鋼管にKOされ完敗した。その後、仁木安監督が辞任、新監督には市神港時代の監督、高木太三朗さんが招かれた。恩師との再会となった。  監督交代まで行って野球部に協力姿勢を見せる会社に対し、奮起を誓った。だが、7月の都市対抗予選は新日鉄堺(堺市)に連敗、本大会出場を逃してしまった。社内で合わせる顔がなかった。  …


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